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東京フラクタル

忠犬ハッチの毒出しブログ

英語をマスターしたかったら友達をつくるのが一番早い気がする話

日本語すら理解できない奴が英語を学ぶなんて馬鹿げている
と考える人がいる。
飲み屋で知り合った海外勤務のお兄さんも
「英語なんてツールに過ぎないから。英語を使って何をするかが問題だから」
と言っていた。
英語は手段であって目的ではない。それは一理ある。
英語であれ他言語であれ、何かを追求していいものを生み出せば
それは自然と翻訳されるようになる。
そのうちGoogleがもっと高性能の同時通訳アプリを出してくれるだろう。
それでも私は英語をマスターしたい。

英語コンプレックスからマスターしたいのではない。
純粋にいろんな国の人と話がしてみたい。
日本だけじゃなく、他の国の人たちが
どんな思考回路を持っているのかに興味がある。


ちょっと前にどこぞのブロガーが
話の合わない奴は外人だと思うようにしていると言って炎上していたが
私もその手はよく使う。
どうしても理解し得ない人間は
「あ、あの人は他の国(星)から来た人間なんだ」
と思うことによってストレスを感じなくて済む。
しかし彼女がまずかったのは
他の国の人間だと思って相手と対話をシャットダウンしようとしていた点にある。
そうではなく、他の国の人間だからこそ
その人がどんな思考回路を基にしてその考えに至るのか
ということをこちらが歩み寄って知ろうとする姿勢がなければ
なんの理解も生まれないし何も得ることがない。
話は永遠に平行線のままである。
自分の器が小さいばかりに相手を理解できないことだってある
そのような客観性を持つことができなければ
それは結局自分の狭い世界に浸っているだけにすぎない。
自分がちょっと角度を変えるだけで
もしかしたら全然違う世界が広がっているかもしれないのに
対話のシャッターを下ろしてしまっては
そのような可能性を自ら閉じてしまうことになりかねない
ということを彼女は気づいているのだろうか
って話がだいぶそれたけど

思うに英語脳ってある気がする。
言語によって使う脳の領域が多少異なるということを
本のなかで誰かが言っていた気がする。
日本語はポリネシア圏の言語に近いそうで
大脳辺縁系の記憶を司る海馬に近い領域を活性化させて
虫の音や風の音を聞き分ける力に優れているらしい。
英語は前頭葉近くの理論を司る領域だった気がする。
虫の音に情緒を感じてなにかいいことがあるのかどうかわからない。
もしかしたら虫とお友達になれるかもしれない。
でも私は虫とお友達になりたいとはいまのところ思っていない。
日本語はなんかこう、情緒に溢れているというかちょっとジメジメしている。
一方、英語は理論先行、感情よりも思考の言語だから
さっぱりしていて結論が出るのが速い
なんていうのは私の個人的な意見だけど。
ということでまずは英語だけでもマスターしたい。
「イケメンか仕事ができる人かどっちがいい?」
と聞くのはナンセンスである。
「イケメンかつ仕事ができる人」を目指したいように
この時代、英語ができるに越した事はない。

 

昔、ワセジョの英文科の子に英語の上達法を聞いたら
「洋画を字幕なしで理解できるようになること」という答えが返ってきたので
それ以来洋画はなるべく字幕なしで観るようにしている。
それと今はYouTube,Twitterなど便利なサービスがたくさんあるので
少しずつ日常に英語を浸透させているつもり。あとTED。
これは教養を英語で学べる一度で二度美味しい最強ツール
貴重な学びをこんなにも簡単に取り入れることができるなんて
インターネットの恩恵は計り知れない。

Facebookでは2つ下のブラジル男子とチャットをするようになった。
忍者のコスプレをしたすこぶる怪しいアイコンの男子である。
その昔、私も忍術を習っていたことがあった。
話のネタに「忍術やってました」とか言うと
ドン引きされるかすごい食いついてこられるかの2つに一つしかなくて
65%くらいの割合でドン引きされ
食いついてくる人は変人ばかりということが判明したので
それ以来、公にはしないと心に決めている。
まあそもそも「I'm Ninja!」と公表している時点で、もはや忍びではない。
コスプレ忍者である。


しかしお友達に潜伏していたなんちゃって忍者のつながりで
どういうわけだか海を越えて地球の反対側のブラジルから
スパムみたいなナンパメッセージが届いたのが事の始まり。
彼のタイムラインには海外の忍者信者にありがちな
デフォルメされた闇スパイNinjaの画像や動画に溢れていてso cool!!
と言いたいところが残念ながら私にはそんな趣味はない。
忍者じゃなくて忍術をやってただけなんだけどと思っていたら
「I love you」とか「my princess」とか今時歯が浮くような暑苦しい
というかむしろ寒すぎる愛のセリフを乱発してきて
会った事も話した事もないのにすげーなラテン脳ワロス
とブロックしようとしたときに
今後のビジネスでブラジル進出の足がかりになるかもしれない
というやましい心が働いて
うっかりお友達になってしまったのが今年の始め。
Facebookを開くと待ち構えているのかってくらいに
毎回ジャストタイミングでメッセージが届く。
あまりにしつこいので、うざいなー顔濃すぎなんだよと思いながらも
きゃりーぱみゅぱみゅPerfumeを紹介するととても喜んでくれるので
最近はたまごっちよろしく日本人育成ゲームだと思って
日本のくだらない知識なんかをたくさん吹き込んでいる。
「僕のこと好き?」「君が欲しい」ってうるさいから
「会った事もない人を好きになるなんてどうかしている。
私は私であり誰のものでもない」って禅問答してたら

「I'm proud of you」

って返ってきたからPedro君は頭が弱いのかもしれない。


そんなPedro君は稼ぎが少ないらしく
たくさん働いて稼いで日本に来いと勤労を奨励しているが
渋い返事しか返ってこない。
日本とブラジルはだいたい片道15万。
「お前の愛は海を越える事すらできないのか」と叱咤激励している。
すると犬のように懐いてくるから彼はきっとMなんだと思う。
縄で縛られたりしたら喜んでしまうタイプに違いない。

 

そんななんだかんだの英語でやりとりをしているうちに
人とのコミュニケーションが英語上達法の一番の近道だという結論に至った。
これがアシュトン・カッチャーとかアーミー・ハマーみたいなイケメンだったら
きっと緊張してしまって迂闊な英語は喋れない。
スラングも使えないし綺麗な言葉を話さなきゃと頭が固くなってしまう。
リラックスして英語を学びたかったら
彼みたいな非イケメン外人のお友達がちょうどいいのかもしれない。

 

子供が言葉を獲得するときだって
いきなり書き言葉から始めることはない。
まず聞き言葉、それから自然と言葉が溢れてくる。
インプットしてひたすらインプットして
自分の内に溜まったものがときを経て熟成されると
自然とアウトプットしたくなるものなんだと思う。
吸って吐いて呼吸をするように
外界からの情報を取り入れ、自分のなかで熟成させ
それをまた外に投げかける。その繰り返し。
人との自然なコミュニケーション
これが言語上達法の一番の近道であると私は考えている。
あ、でもその論法だとコミュニケーションの前にまずはインプット。
ひたすらインプットっていう答えになるね。
一筋縄ではいかないね。 

 

 

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