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東京フラクタル

忠犬ハッチの毒出しブログ

雨宮まみさんについて

人が憂えると書いて優しいと読むから
人の憂いがわかる人は優しい人なのだとどこかで聞いた。
雨宮まみさんはきっと優しい人だったのだろうと思う。
実際にお会いしたことがなければ著書すらも読んだことがない。
最近は西新宿の記事を読んで
都会で暮らすセンチメンタルな気分をうまく表現する人がいるんだなと思ったくらいで
その記事を書いた人がこじらせ女子の生みの親で
以前ネットで炎上していた人とやりとりをしていた人だということは後から知った。
だから彼女について知っていることは本当に何もないに等しい。

訃報のニュースに惜しい人を亡くしたというコメントが多かったので
彼女に関連する記事をいくつか読んだ。
女としての価値や若さと美しさにこだわっているようだったけれども
彼女だって充分過ぎるほどに美しかった。
コメントにもあったけれど本当にこれからというのになんで死んでしまったのだろうと
面識もないし知らない人ではあったけれどもなんだか私も哀しくなった。
そのままの40代で輝いて生きて欲しかった。
40から60くらいが一番脂がのってライターとしても熟成される時期だったろうにと
どちらかというとこじらせ女子側の私にとっては
本当にもったいない人が亡くなったものだと思った。

『穴の底でお待ちしています』という言葉は人の痛みがわかる人の言葉だから
懐の広い人だったんだろうと思う。
幸か不幸か私は彼女のことをそこまで知らなかったので
雨宮さんを好きな人たちに比べれば
哀しみの深さは水たまりとバイカル湖くらいに違うと思う。
でも彼女の著書を読んでしまえば
その魅力に魅せられて私もきっとファンになってしまう。
女性としての若さと美しさについてのプレッシャーは
私も同じものを感じるときがあるから。
それでも彼女は若さや美しさだけでは量ることなどできない
大人の女性としての魅力を放っていた。
そんな彼女が亡くなってしまったら彼女のファンだって途方に暮れてしまうだろう。

思うに彼女は優しすぎたのではないだろうか。
人の痛みがわかるからその哀しみの深さが
自分でも受け止めきれないほどに感じてしまい
そんなセンシティブさを持ち合わせていたのではないか。
人の気持ちを汲み取るほどに
自分というゴムを伸ばしきってバチンと切れてしまうなんて
そんなことがあってたまるものか。

自分を大切にできないでなんのための人生だろうか。
世間からなんと言われようとゴキブリのようにしぶとく生きたっていいじゃないか。
誰とは言わないけれど自己愛の強い人ほどしぶとく生きてるし
いい人ほど早死にする法則が彼女によってまた更新されてしまったではないか。
ブスだのババアだの妖怪だの言われたところで
そんなたわごとは実名で勝負できないくだらない奴らの
チンケなやっかみに過ぎないではないか。
逆に言ったら容姿や年齢でしか相手のことを判断できないって心が貧し過ぎるし
そんなやつらに構っている暇は30オーバーの女性にはないはずだ。
遠くの顔も知らない人の小さな声に心乱されず
自分の半径3メートル圏内の大切な人たちを大事にしていけばいいではないか。

相手に嫌われないように生きるのではなく
自分をより好きになるために
ときには堂々と嫌いなものを嫌いと言ってしまってもいいではないか。
自分を貶めてくる奴に対して媚び売って好きになってもらおうなんて考えなくていいし
かといって自分が嫌いなものを幼稚園児のようにただ闇雲に嫌いと言うのではなく
なぜそれが嫌いなのか突き詰め考えてその原因を特定した上で
嫌いなものとの距離のとりかたを学んでいく
そんな生き方があってもいいはずだ。

私の場合は不倫して子供つくって弁護士たてて金せびってるSさんが大っ嫌いだけど
Sさんのどこが嫌いなんだろうと原因を突き詰めて考えたら
納得できるポイントがあって
それがわかったらなんだかスッキリして
Sさんのことが本当にどうでもよくなったことがあって
精神衛生上よい効果を感じることができたので
自分がモヤモヤ感じていることについて
ノートに書き出して一切合切感情ブチまけて冷静に分析してみると
結構おもしろいということが最近わかったので
何を言いたいんだかさっぱりわからなくなってきたけど
自分の内側の心と密なコミュニケーションをとって
世間で見せている一人の人間としての自分と
内側の心とでしっかり調和がとれていれば
たとえ事故であったとしても
そんなに早くに亡くなることはなかったのではないかと思うんです。

私がこんなにグダグダゴネるのも
悩める女性を励まし続けていた張本人が
その人たちを差し置いて先に亡くなってしまうなんて
そんなアンフェアなことがあるんかいなって閻魔様もビックリっていうか
運命のいたずらにしても
さすがにそれはちょっとないんじゃないかなと思ってしまうからです。

そりゃ私だって何もしないでぼーっとしてても
若いってだけでちやほやされてた時代が懐かしいと思うときだってありますし
15歳の頃に戻って人生やり直したいと思うことなんてしょっちゅうです。
でもそんなこと言ってたって過ぎた昔に戻ることなんてできないから
悟りをひらいて開き直って生きるしかありません。
最近は人目を憚らず月収100万稼いで恵比寿か品川にマンション買いたいって吹聴して
変な人って思われつつも己の欲望に忠実に生きてます。
だからひょっとしたら1cmのズレだけでファンになっていたであろうその親分が
40でこれからというときにポッキリ逝かれてしまうなんて
突然見捨てられた感じがしてしまって
「こじらせ女子」なんて言葉だけ残されても路頭に迷ってしまうわけです。
そんなわけでこじらせ子分である私は
親分よりも幸せになって親分の分までしっかり生きることこそが
彼女への最高の供養であり忠誠であると思っています。